浮沈-うきしずみ-

 

 






ここはどこだ





突然に開いた目が捕えるものはなかった。


ここはどこだ。

先の見えない一面乳白色をしていた。
手を伸ばしても何も掴むことができない。
その中にひとり、ふわりふわりと浮かんでいた。
地に足が着いていない不安定な状況でオレは孤独にそこにあった。
頭はうまく状況を把握できないでいたが、不思議と恐怖は感じなかった。
寧ろ心地好ささえ感じていた。

ここはどこだ。



暫く呆然としていたオレに不意打ちするかのようにそれは現れた。
突然全身を包む温かい存在。
不信感こそ覚えるはずのそれにオレはなぜか安心感を抱いた。
オレはこいつを知っている。
漠然と感じた。


「いらっしゃい。そしておかえり」

それに表情があるならば微笑んだように見えた。
依然姿は見えないが、確かに存在していた。
温かいなにかに抱かれてオレは恍惚とさえ感じられる表情をしていただろう。

「よく頑張ったね。疲れただろう」

ああこいつはあれだ。
いつもオレの傍にいていつもオレを見ている。
誰よりもオレを知っている。

「さぁもう行こう。誰も君を責めたりしないよ」

直接耳の奥まで語りかけてくる甘い響き。
目を閉じる。
弛緩した体。働かない頭。目の前にいるそいつ。
そいつが手を伸ばしているのが見えた気がした。

「ぼくと一緒に行こうよ」

ああこれはとろけるような誘惑だ。
今すぐにその手を取って一緒に飛んでゆきたい。
それと交わりひとつになってしまうことのどれだけ甘美なことか。
オレはゆっくり目を開けた。










落ちる。



もう少し待ってくれ。
いつか必ず会いに行く。
まっ逆さまに落ちていくなかで思った。
お前はまだオレが望んでいるお前じゃねぇよ。
オレが好きになるお前じゃねぇよ。
いつかオレの好きなお前でいてくれ。
きっと飛んでいくから。





落ちる。


けどこんなもの、まだ平気だ。










end





お前はいつも傍にいるけれど、お前はいつも冷たい目でオレを見ている。

お前=もうひとりの自分 かな。


080509
090619 加筆修正